相続トラブルでよくある2つの手続き
家族が亡くなった後に避けて通れないのが「相続」の問題です。特に財産の分け方でトラブルになるケースは少なくありません。そんな中でよく登場するのが、「遺留分侵害額請求」と「遺産分割協議書」という2つの手続きです。
たとえば、父親が亡くなり、遺言書には長男にすべての財産を相続させると書かれていたとします。これに対して他の兄弟が「自分には何ももらえないのか?」と不満を抱えることがあります。こうした場合に出てくるのが「遺留分侵害額請求」です。
一方、遺言書がない場合や、遺言内容だけでは相続が済まない場合、相続人同士で話し合って「遺産分割協議書」を作成する必要があります。どちらも相続を円満に進めるための重要な手続きですが、その性質はまったく異なります。
遺留分侵害額請求と遺産分割協議書の違いがなぜ重要なのか
「遺留分侵害額請求」と「遺産分割協議書」の違いを理解していないと、正しい手続きを踏めずに損をしたり、思わぬトラブルに巻き込まれたりすることもあります。
たとえば、遺産分割協議だけを進めていて、実は遺留分が侵害されていたことに後から気づいた…というケースも。逆に、遺留分請求ばかりに目を向けてしまい、本来なら話し合いで解決できたはずの相続が、こじれてしまうこともあります。
このように、どちらの手続きが自分のケースに合っているのかを知ることは、相続をスムーズに進めるためにとても大切です。本記事では、それぞれの手続きの特徴と違いを、具体例を交えてわかりやすくご紹介していきます。
この記事でわかること
- 遺留分請求と遺産分割協議書の違いって何?
- どちらを使えばいいか迷っている…
- 相続トラブルが起きた時の対処法を知りたい!
【基本の定義】まずは用語の意味を正しく理解しよう
用語 | 定義 |
---|---|
遺産分割協議書 | 相続人全員で「誰が何を相続するか」を話し合って決めた結果を文書にまとめたもの。原則として法定相続人全員の合意が必要。 |
遺留分侵害額請求 | 遺言などで相続分が不当に少ない相続人が、法律で保障された取り分(遺留分)を金銭で請求する手続き。調停・裁判に発展することも。 |
遺産分割協議書とは?

協議書の役割と効力
遺産分割協議書とは、相続人全員で話し合って決めた「遺産の分け方」を書面にまとめたものです。この書類があれば、預金の解約や不動産の名義変更といった手続きが可能になります。
たとえば、父が亡くなり、子どもが3人いる場合。それぞれに「家は長男、預金は次男、株式は三男」と話し合いで分けることにしたとします。その合意内容を正式に書き残すのが遺産分割協議書です。
この書類には、相続人全員の署名と実印、印鑑証明書の添付が必要です。不動産登記の変更などには特に重要で、公的な手続きにも使える効力を持ちます。
作成のタイミングと必要事項
遺産分割協議書は、被相続人が亡くなり、相続人が確定した後に作成します。遺言書がない場合はもちろん、遺言書があっても全財産についての指示がないときや、相続人全員の合意で遺言内容を変更する場合にも使われます。
作成には次のような情報が必要です。
- 被相続人の氏名・死亡日
- 相続人全員の氏名・住所・続柄
- 分割する財産の内容(不動産・預貯金・株式など)
- それぞれの相続人がどの財産を取得するか
たとえば、「長男〇〇は東京都〇〇にある不動産を相続する」「次男〇〇は〇〇銀行の普通預金口座〇〇を相続する」といった記載をします。
📄 遺産分割協議書(ひな型)
被相続人(故人)
氏名:〇〇〇〇
生年月日:昭和◯年◯月◯日
死亡日:令和◯年◯月◯日
本籍:◯◯県◯◯市◯◯町◯丁目◯番◯号
相続人
1.氏名:〇〇〇〇(長男)
住所:〒000-0000 ◯◯県◯◯市◯◯町◯丁目◯番◯号
2.氏名:〇〇〇〇(次男)
住所:〒000-0000 ◯◯県◯◯市◯◯町◯丁目◯番◯号
協議内容
上記被相続人〇〇〇〇の遺産について、次の通り分割することに全員合意した。
- 長男〇〇〇〇が以下の財産を取得する。
(例)◯◯銀行◯◯支店 普通預金 口座番号:******** - 次男〇〇〇〇が以下の財産を取得する。
(例)不動産:◯◯県◯◯市◯◯町◯丁目◯番◯号
以上の内容に相違ないことを証するため、本書2通を作成し、各自署名押印のうえ、各自1通を所持する。
令和◯年◯月◯日
相続人
〇〇〇〇 (実印)
〇〇〇〇 (実印)
※印鑑証明書を各自1通添付してください。
Wordテンプレートファイルを以下のリンクからダウンロードできます。
相続人間の合意形成と注意点
遺産分割協議書を成立させるには、相続人「全員」の合意が必要です。誰か一人でも納得しないままでは協議書は無効になってしまいます。
よくあるトラブルは、「連絡が取れない相続人がいる」「一人だけ内容に納得せずハンコを押してくれない」といったケースです。このような場合、家庭裁判所に調停を申し立てることになります。
また、相続人の中に未成年者や認知症の高齢者がいる場合には、代理人(特別代理人や成年後見人)を立てる必要があります。これを怠ると、協議自体が無効になるリスクもあります。
さらに注意したいのは、形式的には合意していても、後になって「実は合意の内容がよく分かっていなかった」とトラブルになるケースもあることです。協議の内容は専門家と相談しながら、全員がしっかり理解したうえで進めることが重要です。
遺留分侵害額請求とは?

法的な定義と目的
「遺留分侵害額請求」とは、亡くなった人の財産が特定の相続人に偏って分けられてしまったときに、本来もらえるはずの最低限の取り分(遺留分)を確保するための手続きです。
たとえば、母が亡くなり、遺言書に「全財産を次男に相続させる」と書かれていた場合でも、長男にも遺留分があります。このようなケースで、長男が自分の取り分を守るために申し立てるのが遺留分侵害額請求です。
遺留分は、兄弟姉妹を除く直系の家族(たとえば子どもや配偶者)に法律で認められている最低限の財産の割合です。これにより、特定の相続人がすべてを得てしまうといった不公平を防ぐことができます。
請求できる人と期限
遺留分侵害額請求ができるのは、配偶者・子ども・直系尊属(父母など)といった直系の法定相続人です。兄弟姉妹にはこの権利はありません。
たとえば、子どもが3人いる場合、そのうち1人だけに多く財産が渡るような遺言があったとき、他の2人は遺留分侵害額請求を行うことができます。
ただし、請求には期限があります。相続が発生し、かつ遺留分が侵害されたことを知った日から「1年以内」に請求を行わなければなりません。仮にこの期限を過ぎると、請求する権利が消えてしまいます。現実でも、「請求できると思っていたけれど、気づいたときにはもう1年過ぎていた…」という失敗談が少なくありません。
手続きの流れと必要書類
遺留分侵害額請求は、まず相手方に対して内容証明郵便で正式な請求通知を送るところから始まります。この通知には、どのように遺留分が侵害されているか、どれだけの金額を求めているかなどを具体的に記載します。
その後、相手方と話し合いを行い、合意に至らなければ家庭裁判所での調停や訴訟へと進むこともあります。
必要な書類としては、遺言書の写し、被相続人の財産目録、戸籍謄本類(相続関係を証明するもの)などが求められます。こうした資料をあらかじめ整理しておくと、スムーズに進めることができます。
特に注意したいのは、財産の評価額や遺言の内容によって、実際に請求できる金額が大きく変わる点です。相続財産の全体像をしっかりと把握することが、納得のいく請求につながります。
📄 遺留分侵害額請求書(記入例)
令和◯年◯月◯日
◯◯◯◯ 様
〒000-0000
◯◯県◯◯市◯◯町◯丁目◯番◯号
通知人(請求者)
氏名:山田 花子
住所:〒123-4567 東京都新宿区西新宿1-1-1
電話番号:090-1234-5678
件名:遺留分侵害額の請求について
拝啓 時下ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。
さて、私は令和◯年◯月◯日に死亡した被相続人 山田 太郎(私の父)の相続人であり、遺留分を有する者です。
しかしながら、貴殿に遺された遺言書の内容により、私の遺留分が侵害されていることが判明しました。
つきましては、民法第1046条に基づき、遺留分侵害額として金◯◯◯万円の支払いを請求いたします。
本通知到達後、14日以内に上記金額をご送金いただきますようお願い申し上げます。
送金先:
◯◯銀行◯◯支店
普通預金 口座番号:1234567
口座名義:ヤマダ ハナコ
なお、誠意あるご対応をいただけない場合は、やむを得ず法的措置を講じる所存ですので、あらかじめご了承願います。
敬具
以下のリンクから「遺留分侵害額請求書」の記入例(Word形式)をダウンロードできます。
📌【主な違いまとめ表】
比較項目 | 遺産分割協議書 | 遺留分侵害額請求 |
---|---|---|
対象 | 相続人全員 | 遺留分を侵害された特定の法定相続人 |
必要な合意 | 全員の合意が必要 | 相手との協議 or 調停・裁判での決定でも可 |
書類の目的 | 相続内容の決定と証明 | 取り分が侵害された場合の金銭請求 |
形式 | 文書にし登記・名義変更などに使用 | 内容証明 → 調停 → 裁判へ進むこともあり |
適用される場面 | 遺言がない or 遺言が一部しかない場合 | 遺言によって不公平な配分がされた場合 |
金銭請求の可否 | 原則として不可(分割内容次第) | 金銭での請求のみ可(2019年以降) |
登記・手続き用途 | 不動産の名義変更・銀行解約時などに必須 | 相手の支払い義務の証明・裁判所提出などに使用 |
2つの手続きの違いと使い分け
請求権か合意書かの本質的な違い
遺留分侵害額請求と遺産分割協議書の最大の違いは、「相続人の話し合いによる合意」か「法的に認められた権利の行使」かという点です。
遺産分割協議書は、相続人全員が集まって話し合い、財産の分け方を合意することで成り立つ手続きです。一方、遺留分侵害額請求は、他の相続人の同意がなくても、自分の権利として主張・請求できるものです。
たとえば、「長男だけが不動産をもらうことになってしまった。でも協議の場では何も言えなかった」という場合でも、次男が法的な遺留分の権利を使って財産の一部を請求することができます。このように、遺留分請求は“最後の砦”とも言える存在です。
トラブル防止の観点からの選び方
相続トラブルを防ぐには、まずは遺産分割協議での円満な話し合いが理想です。家族同士が納得し、合意のもとに財産を分けられるなら、それが最も平和な解決方法でしょう。
しかし現実には、「不公平だ」「納得できない」という声が出ることもあります。そんなときに備えて、遺留分侵害額請求を知っておくことは大切です。
たとえば、親が生前に「すべての財産は長男に」と言っていたとしても、他の兄弟には遺留分があるという事実を知っていれば、必要以上の不満や感情的な対立を防ぐきっかけになります。
実際に、「遺留分を知っていたからこそ冷静に話し合えた」「法的な説明を交えて協議を進めたら、みんな納得できた」といった声も多くあります。
併用・切り替えが必要なケースとは
状況によっては、遺産分割協議と遺留分請求の「併用」や「切り替え」が必要になることもあります。
たとえば、遺産分割協議を進めていたものの、ある相続人が突然遺留分侵害を主張してきた場合、話し合いが行き詰まり、調停や裁判に発展することがあります。逆に、当初は遺留分請求をするつもりでいたけれど、最終的には協議で全員が納得できる形にまとまり、請求を取り下げるケースもあります。
また、遺言がある場合でも「全財産を配偶者に相続させる」と書かれていたら、子どもは遺留分請求を検討しながら、協議で折り合いをつけるという選択肢も出てきます。
このように、状況によっては両方の手続きを柔軟に活用することが、スムーズな相続への近道になるのです。
📝【使い分けのポイント】こんな時はどっち?
✅ 遺産分割協議書を使うべきケース
- 遺言がない/不完全で、相続人全員で話し合える
- 相続人間の関係が良好で、円満に分けられそう
- 不動産や預貯金の名義変更・解約が必要な場合
→ 必ず書面化し、全員が実印を押印・印鑑証明添付
✅ 遺留分侵害額請求をすべきケース
- 遺言で「全額を再婚相手に」と指定されていた
- 自分だけ相続から外された/不当に少ない
- 他の相続人と協議ができない/こじれている
→ 内容証明で請求 → 調停や裁判所に進むことも可
💬【具体例】2つの制度の使い分けイメージ
● ケース1:親が遺言を残さず死亡 → 相続人3人で話し合い
→【遺産分割協議書】で対応→ 相続人全員が納得すれば問題なし
● ケース2:親の遺言で「全財産を長男に」と記載 → 次男・三男が納得できない
→【遺留分侵害額請求】が可能→ 取り分に応じた金銭請求(調停または訴訟)
使い分けポイント | 選ぶべき制度 |
---|---|
相続人全員で協議したい | 遺産分割協議書 |
遺言によって取り分が侵害された | 遺留分侵害額請求 |
トラブルを法的に解決したい | 遺留分請求 → 調停・裁判 |
円満な相続を目指したい | 協議書で合意形成 |
【両方が必要になる場面もある?】
はい、実際の相続では次のように併用されることも多いです:
- 遺留分請求を通じて金銭支払いが決定
- 残りの遺産について他の相続人で遺産分割協議書を作成
⚠️ 注意点:感情と手続きは分けて考える
- 「もめたくないから遺留分請求しない」は一つの選択
- でも「知らないまま損をする」ことは避けたい
- 感情面ではつらくても、正当な権利として考えることが大切
まとめ
相続の場面では、「遺留分侵害額請求」と「遺産分割協議書」という2つの手続きが重要な役割を果たします。どちらも相続人の権利を守るための仕組みですが、その目的や進め方は大きく異なります。
遺産分割協議書は、相続人全員で話し合って財産をどのように分けるかを決める“合意の書類”です。一方、遺留分侵害額請求は、他の相続人との合意がなくても“最低限の取り分”を主張することができる法的な請求です。
たとえば、「長男にすべてを相続させる」という遺言があっても、他の兄弟が黙って納得する必要はありません。遺留分を守る制度があることを知っていれば、理不尽な相続内容にも適切に対応できます。
一方で、家族でよく話し合い、協議書を作成できれば、法的な争いを避けることも可能です。大切なのは、自分の立場や状況に合った手続きを選び、必要に応じて両方の手段をうまく活用すること。
相続は感情も複雑に絡む繊細な問題です。だからこそ、正しい知識をもとに冷静に行動することが、家族全員にとって納得のいく結果につながります。
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